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黄泉路 − ②中学三年の夏 −

− 中学三年の夏 −
 中学三年になると夏休みに模擬試験があり、今まで大好きだった夏休みはいつしか別のものに変わっていた。毎日勉強漬けで飽き飽きしていたが、ようやく模擬試験が終わり、張りつめていた気持ちが一気に解放された。
「蓮介、テストどうだった?」友人の颯太が声を掛けてきた。
「全然ダメ…。そっちは?」
「オレが出来ると思うか? まぁ結果はどうあれやっとテストは終わったぜー。…なぁ中学生最後の夏だし、みんなでどこかに行かない?」
「それなら8月12•13日にカワセミ森林公園で肉フェスがあるよ。その近くには川もあって渓流釣りもできるんだぜ…」友人の尊(たける)がスマホを見せて颯太と盛り上がっていると、「いいなぁ。私達も行きたいー」と班(グループ)で仲の良い女子メンバーの栞と莉央も乗り気だ。
「おい蓮介、お前も行くよな。」と颯太が誘ってくれたが、「えぇと…」と僕は何か引っ掛かるような気がして返答に困まっていると、「蓮っ、どうせ予定ないんでしょ? 荷物も多くなりそうだし…」と後席で幼なじみの栞(しおり)がからかってきた。
僕は少しムッとしたが、栞の言うとおりで予定はなく、言い返すことができなかった。
 栞は幼なじみで小学校の時は特に気にしたことはなかったが、中学校で同じ班のグループ活動をした時に気になり出し、意識するようになっていた。
 僕は引っ掛かることが思い出せずに、栞も一緒に行くそのイベントが楽しみになった。
 こうして班の男女5人のメンバーでレジャーに行くことになった。

 当日、朝7時に集合場所のコンビニに皆が自転車で集まり、1時間も掛けて山の森林公園まで辿り着いた。皆汗だくでヘタリ気味だったが、午前中は肉フェスで美味しいものを食べてテンションも上がり、くだらない会話をしているだけで楽しくて疲れはいつの間にか消えていた。 午後になって、皆、お腹も満たされ、もう少し山奥に行くと釣りスポットがあるとのことで、カワセミ森林公園からさらに自転車で20分掛けて河岸に辿り着いた。
山の売店で釣具をレンタルし、制限時間に誰が一番多くイワナやヤマメが釣れるか競うため、それぞれ釣れそうなポイントを探して釣り始めた。
しばらくすると、何やら女子たちが騒がしく、栞の竿に魚が掛かり、釣り上げた魚が跳ねて手をやいていた。
それを見ていた男子たちは、勝負に負けられないと上流の方へと進んで釣り始めた。
 皆、釣りに夢中になっていて、いつの間にか小雨が降ってきたが、レインウェアを着るまでもないと気にも止めなかった。
 気づくと水嵩が増し、辺りを見回すとここまで渡ってきた岩も沈み、流れも速くなっていた。僕は危険を感じ、皆に呼びかけようとしたその時、
「莉央ー!」とただならぬ声がした。
僕は急いで沈んだ岩を伝い、下流の方へ戻ると、女子メンバーの莉央が川に流されていて栞が助けようと追い掛けていた。
僕は急いで川に飛び込み、無我夢中で2人の後を追い掛けた。
栞は何とか莉央に追いつき、後ろから抱き抱えた。

「栞ぃぃー! この先に岩があるぞー そこへ!」僕は必死に叫んで2人の後を追った。2人は岩に辿りつき、栞は一人が載れる程しかない岩に莉央を少しずつ押し上げて避難させ、岩にしがみついていた。
「栞待ってろ! 今行くから…」
 その時、川の底から金色の閃光が走り、それはまるで金色に輝く道のようだった。
「黄泉路だ。…」
 その金色の閃光が栞の脚に掛かった時、川の流れは勢いを増し、栞は流れに耐えられずに岩から手が離れて金色の閃光に流されてしまった。
「栞ぃぃー、行くなー」僕は頭が真っ白になって、必死で手脚を掻いて泳いだが、栞を見失ってしまった。

「…78910… 大丈夫ですか! 返事してください… 分かりますか!」
「蓮介ーー!」「蓮介、死ぬなー!」

「…なんかとても騒がしい…  
ん…ここはどこだろう…空が見える。
胸のあたりが激しく痛い…」

「蓮介! 蓮介の意識が… おい連介っ…大丈夫か!」颯太と尊が泣きながら叫んだ。
ゆっくりと横に目をやると、石が沢山あり、その向こうに深緑の木々ともの凄く早く動いている深いエメラルドグリーンが、寝ている自分が乗り物に乗っているような錯覚になり、それがとても恐ろしいと感じた。
胸や背中に痛みがあり、心臓マッサージで懸命に応急手当をしてくれて助かったのだと分かり掛けてハッとした。
「栞はっ?…」僕はすぐに立ち上がろうとしたが全身に力が入らず、フラついてタンカーに座り込んでしまった。
「颯太、栞はっ?…」
「……… 今、下流の方を救助の人が探しているけど…」と颯太はうつむき暗い顔をしている。

「嫌だ!…そんなの絶対嫌だ…」僕は何かできる手立てがないかと必死で考えを巡らせた。
「…栞が流されるあの時、金色の光……あれは黄泉路だ。 たしか婆さんが…」
「蓮介、お盆の13日と16日の2日間は黄泉路が出る日だで、山や海には近づかないほうがええ。
13日はご先祖様の魂があの世からこの世へと帰ってくる日だで、お迎えにお墓参りに行くんだ。その時にナスとキュウリで作った牛と馬を供えるんだ。ご先祖様が帰ってくる乗り物がないと困るだで。
 そして16日は、ご先祖様の魂があの世へ戻られるからお見送りのお墓参りをするんだ。」と婆さんが言ってたことを蓮介はようやく思い出した。

−つづく−